36 公家社会(2020年12月10日)

文聞亭笑一

先週は「信玄上洛」を想定しましたが、「光秀暗殺未遂事件」などという奇想天外な物語でした。

そういう事件があったのか? 資料には残っていないと思いますが、過去の歴史作家が誰も書かなかった事件です。

仕組んだのは将軍・義昭の官房長官とも言うべき摂津晴門でした。

その摂津や三淵などの幕府官僚については司馬遼太郎を始め、殆どの歴史作家が物語に登場させていません。

将軍と信長の不和、それを取り持つ光秀の苦労、苦心・・・と云うストーリーでした。

著名な小説家たちが無視してきた「義昭のスタッフ」を取り上げたという点で、今回のドラマは新鮮です。

中世の政治構造をおさらいしてみます。

戦国時代の社会を動かしていた価値観は何か?

大きく分ければ三つの極があったのではないでしょうか? 

ヤマト、平城京、平安京と続いてきた伝統的価値体系があります。天皇家を頂点にして、公家社会があり、それを取り巻くように神社があり、寺院があります。

しかし、人口の8割を占めるのは農業、漁業などの一次産業従事者で、その利権を守るべく誕生したのが武士ですね。武士は農民の代表と言った生い立ちを持ちます。

もう一つの極に商業者があって、この勢力が寺社から独立して武士と結びつき、一気に力をつけてきたのが戦国時代です。

人口比ではごく僅かですが、資金力では三極のうちで最大かもしれません。

とりわけ海外との交易には寺社の「市」も「座」が存在していませんでした。この隙間をついて急成長したのが、堺と博多です。

極外…誰から見ても尊崇する価値の中心にいたのが天皇です。この当時は正親町天皇でした。

さらに、どこにでも入りこんでいたのが仏教で、宗派によりスタンスが変わります。

比叡山、高野山などの古典仏教は公家などの伝統的価値観と結びつきます。

鎌倉期に勃興した禅宗や日蓮宗、浄土宗は農民層、武士階級との結びつきが強いですね。

そして親鸞の興した浄土真宗、門徒宗は、教義の平易さからすべての層、とりわけ低所得層に浸透していきます。

公家社会

足利将軍家も多分に公家化していました。公家化するとは・・・利権団体になることで、実業から遠ざかり虚業団体化することを言います。要するに・・・「何もしないでお金が儲かる」構造です。

古くは荘園制度がそれで、土地の所有権を公家が独占しました。地代が安定的に入ります。

現代でいえば都市部の大地主さん、大家さんですね。こういう人は現代版・公家です。何もしないでも億単位の年収があります。いや、不動産業と言う仕事をしています。

公家・・・と一口に言いますが公家ほど階層が複雑な社会はありません。「五摂家」くらいは知っていましたが、改めて調べてみてのビックリポンでした。

光秀がこの先、懇意にする近衛前久、吉田兼見、更には前回の放送で帝と碁を打っている山科言継(配役;堺正章)などの身分を見るとドラマのデタラメさが見えたりします。

しかし…「公家社会でも階級制が崩れていたのだ、戦国なのだ、財力が位階を決めていた」とも言えます。

公家にもピンからキリまであります。ピンの方の堂上家にも位階があります。

1、摂家・・・ 近衛、九条、鷹司、二条、一条

2、清華家・・・三条、西園寺、徳大寺、久我、花山院、大炊御門、菊亭、廣幡、醍醐

3、大臣家・・・中院、嵯峨、三條西

4、羽林家・・・滋野井、姉小路、清水谷、四辻、橋本、阿野、花園、裏辻、梅園、山本、大宮、武者小路、小倉、風早、押小路、高松、西四辻、園池、高倉、中園、高丘、中山、飛鳥井、難波、野宮、今城、中御門、持明院、高野、石山、壬生、石野、六角、

四条、鷲尾、油小路、櫛笥、山科、西大路、八条、上冷泉、下冷泉、藤谷、入江、水無瀬、七條、町尻、桜井、山井、堀河、樋口、六條、久世、岩倉、千種、梅渓、愛宕、東久世、植松、庭田、綾小路、大原、日野、

5、名家・・・廣橋、烏丸、竹屋、日野西、勘解由小路、裏松、外山、豊岡、三室戸、北小路、甘露寺、葉室、勧修寺、万里小路、清閑寺、中御門、坊城、芝山、池尻、梅小路、岡崎、穂波、堤、平松、長谷、交野、

6、半家・・・高倉、富小路、竹内、五辻、慈光院、白川、西洞院、石井、高辻、唐橋、五條、東坊城、清岡、乗原、舟橋、伏原、澤、土御門、倉橋、藤波、吉田、荻原、錦織、藤井、錦小路、北小路

いやはや・・・転記していて疲れました(笑)。

 これでも堂上家、昇殿できるお公家さんだけです。お公家さんの裾野は更に広がりますから、京の都には不労所得者が溢れていましたね。

お公家さんは政治のプロです。文化的にも専門家ぞろいです。田舎者の織田軍団は手玉に取られますね。公家との付き合いがある…光秀にかかる期待の大きさが分かります。

彼らをとりこんで急成長していたのが京、堺の商業集団で、政治の表面には出てきませんが、裏方で政治の動きを左右します。

軍資金をどこに回すか、鉄砲の売り先をどこにするか、弾薬、煙硝の供給先は・・・商人の手のひらの上で政治が動きます。

権威を振り回す義昭、それを無視する信長、仲を取り持つ光秀・・・疲れますねぇ。