「論語と算盤」逐次解説 第9回 

文聞亭笑一

33、利と害と

社会の百事、利あるところには必ず何かの弊害が伴うは数の免れざるもので、我が国が西洋文明を輸入して、大いに我が文化に貢献した一面においては、やはり、その弊害を免るることはできない。

すなわち、我が国が世界的事物を取り入れてその恩沢に浴し、その幸福に均霑したと同時に、新しき世界的害毒の流入したことは争えぬ事実である。

この害毒の根治法には、おそらく二通りの手段があろう。一つは病気の性格を調べ適切な方剤を投ずることだ。

他の一方は身体を壮健、強壮ならしめ、たとえ害毒が侵入しても排除、殺菌できる素質を養成しておくことだ。

物事の表と裏の話ですね。目下大騒ぎのコロナ大流行にしても、世界が一つになり、国境を越えた人に移動が活発になったからこその現象です。

中国人観光客が各地を訪問し、地方の観光産業をかつてないほどに活性化してくれましたが、その反動でもあります。

この項で渋沢栄一の言っていることは「全くの当たり前」と受け取りますが、栄一の言う「世界的害毒」とは「社会主義」や「無政府主義」などの西洋思想を言います。

栄一がこの本を出したころ、無政府主義者による大逆事件(皇族暗殺計画)が起きています。

最近はジェンダーとか、差別とか、「日本は遅れている」と言う進歩的発言(?)が勢いを持っていますが、魔女狩り、言葉狩り、個人攻撃と言う側面も否めません。

害毒の根治法は・・・コロナと重ねて、妙に納得です。治療薬とワクチン、免疫力ですね。

34、義理合一の訓え

従来、利用厚生と仁義道徳は並びたたぬとする学説が主流であったため「仁をなせば富まず、富めば即ち仁ならず」「利につけば仁に遠ざかり、義によれば利を失う」などと仁と富は相容れぬ者のように言われてきた。

その結果

「利用厚生に身を投じたるものは、仁義道徳を省みる必要はない」などという暴論がまかり通る。

これは朱子が「計を用い、数を用いるは、ただこれ仁欲の私にして…」などと主張し、更に西洋でもアリストテレスが「すべての商業は罪悪なり」などと言うところに起因する間違いである。

似た主張は前号29にもありました。徳川260年の時代の日本社会を規定してきた倫理観「朱子学」の間違いを指摘し、「倫理感ある経済発展」を主張するのが「論語と算盤」です。

従って似た趣旨の項目はこの先も繰り返されるでしょうが、一部は割愛します。

栄一の言う「義理合一」とは「仁義道徳」の「義」と「利用厚生」の「利」を合わせたものなのですが、どうやら誤字、誤植で「利」が「理」になってしまったようです。

本によっては「義利合一」とも書かれています。栄一は「どっちでも良い」と言ったようです。

利用厚生とは営利活動、経済活動のことで、辞書では「日常生活を豊かにし、生計に不足がないようにすること」と定義されています。

35、富者の義務

富豪といえども自分一人の努力で儲かったわけではない。

いわば、社会から儲けさせてもらったようなものである。

したがって、社会の恩だということを自覚し、社会の救済とか、公共事業だとかいうものに対し、常に率先して尽くすようにすれば、社会はますます健全になる。

それと同時に自分の資産運用も健全になる。

似た言葉は「福祉」という観点で前号30にもありました。

栄一が何度も繰り返すということは、「誰のお陰で今日があるのか」という発想を、世に伝えたいということなのでしょう。

現代は、どちらかと言うと利己主義に回帰する傾向のある時代で、プーチン、習近平などは自国第一主義の我利・我利男ですが、アメリカまでその傾向にしてしまったのが、トランプです。

自分さえ良ければ、自国さえ良ければが暴走すると、国際間の格差は際限なく拡大し、貧富の争いが高じて戦争にまで突き進んでしまいます。

この項で栄一が呼びかけていたのが「明治神宮の外苑建設計画」です。

明治天皇が崩御されて明治神宮に祀られましたが、当時は今の外苑はありませんでした。

「帝国中興の英主なる先帝のご遺徳を長く後昆に伝うべき記念図書館、もしくは各種教育的、娯楽機関を作りたい」と、総額400万円の事業を企業経営者に呼びかけています。

この本を出した時点では「岩崎さんや三井さんにはぜひ一奮発…云々」と言っているところを観ると、まだプロジェクトは軌道に乗っていませんね。

36、よく集めよく散じよ

金は貴ばねばならぬ。

金は社会の力を表彰する要具であるから、これを貴ぶのは正当であるが、必要の場合によく費消するのは勿論良いことであるが、よく集め、よく散じて社会を活発にし、経済の進歩を促すのは有為の人の心がけるべきことで、真に理財に長じる人はそうしている。

金に関して戒むべきは濫費であり、注意すべきは吝嗇である。

お金は大事だよ~ ・・・と、どこかの保険屋のCMアヒルが出てきそうな項目です(笑)

お金は回してこそその機能を発揮する。・・・全くその通りですが、「稼ぐ」と言う再生産手段を失った高齢化社会になると、お金の動きは停滞します。

将来への不安が「散じる」ことを不安にさせ、お金を死蔵させます。

また、オレオレ詐欺や、悪徳商法が高齢者を狙い撃ちしますから、益々防衛意識を高めてしまいます。

子や孫が同居していれば、無税の範囲で金銭を移転したり、家計を預けたりしてしまえばよいのですが、核家族化の弊害で老々世帯が増え、そして「一人暮らし老人」へと変わり、認知症が加わるなどして施設入所となります。

それはともかく、最後の行はその通りです。年寄は濫費するだけの元気はありませんが、吝嗇には注意したいですね。少なくとも年に数回の募金や、寄付には応じたいところです。

公的募金は

災害救助、支援の赤十字募金(500円―1000円)、

赤い羽根募金(300-500円)

年末助け合い(300-500円)

高齢者・子ども福祉の社協賛助金(1000円)・・・など。

全部に協力しても年間に3000円以内です。 これは吝嗇(ケチ)しないでください。