「論語と算盤」逐次解説 第1回 

文聞亭笑一

はじめに

渋沢栄一を主人公にしたNHK大河ドラマ「青天を衝く」が始まって、改めて「渋沢栄一 Who?」というのが率直な感想でした。維新物語は随分と読んだつもりですが・・・渋沢?

「名前は聞いたことがある」

「徳川慶喜の近臣であったらしい」

「維新後に多くの会社を立ち上げた男」

「三菱財閥の祖・岩崎弥太郎のライバル」

・・・と云う程度の認識で、近々「一万円札の顔になる」というのが驚きでもありました。

追いかけ記事を書くからには、少しは勉強せねばならぬ・・・と、情報を集めてみると渋沢栄一自身が残した書物に「論語と算盤」があることを見つけました。

早速、書店に出かけてみると用意してありましたね、鴨がネギを背負って飛び込んだようなものです(笑)

渋沢栄一自身が書き残した論語と経済の相関を示す文庫本

 「論語と算盤」渋沢栄一 角川文庫

最初から意訳して解釈を述べている解説本 

 「今こそ名著 論語と算盤」日能研

どちらが良いのか?? 面倒なので両方を買ってきて、読み比べます。

以下項目ごとに説明します。

第1項 論語と算盤

道徳の規範として論語がある。その一方に算盤(経済)がある。この二つは甚だ不釣り合いで、離れたものと思われがちだが、算盤は論語の規範によってできている。

一方で、論語も算盤によって支えられているものである。論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近い。

論語と算盤という、懸け離れたものを一致せしめることが今日の務めと考えている。

全編を通じての「結論」のような文章です。

企業経営の基本理念は論語にある・・・として、単なる金儲けではなく、天下国家や、民の安寧を念頭において経営をすべし・・・と読めます。単に、「企業コンプライアンスを守りましょう」だけではありません。

バブル崩壊後、人斬り朝右衛門・ゴーンが英雄視されて以来、我が国の経営理念はズタズタになってしまいました。

が、しかし、明治生まれの経営者、創業者たちにはそれぞれに経営理念、経営哲学がありました。

その一つが「企業の公器性」で、企業を私有物というより「企業は、世間様に生かされている存在、だから世間様のお役に立たなければならぬ」という考え方で貫かれていました。

その最低限のお役立ちが納税義務で、小細工による節税や脱税などはもっての外となります。

さらに進んで、障害者などハンデキャップのある人を迎え入れようと大分県の中村裕医師を支援して、「太陽の家」などを立ち上げました。

こういう活動ができたのは明治生まれの創業者です。

立石一真(Omron)、本田宗一郎(Honda)、盛田昭夫・井深大(SONY)などの協力で、障がい者だけで経営する工場が設立され、現在も継続しています。

障がい者雇用のモデルケースとなり、倣うところが多いですね。法律の規制もさることながら「事例を作りあげる」ことが大切です。

第2項 士魂商才

昔、菅原道真は「和魂漢才」と言って、日本文化を基軸にしたうえで中国の先進文化を大いに取り入れるべしと主張した。

それによって取り入れられたものの一つが論語だ。論語の精神によって武士道が培われ、政治が行われてきたが、商才がなければ経済が成り立たず、自滅を招く。商才を軽んじてはいけない。

士農工商の身分制度が色濃く残っていた明治初期、商人と武士では価値観に雲泥の差があると考えられました。

一方が「論語」他方が「算盤」でした。商人と言えば不道徳、欺瞞、浮華、軽佻、小才子、小利口のイメージが付きまといます。

・・・がその半面で、江戸期に行われた改革はその殆どが経済改革でした。算盤勘定が合わなくなり、商人の知恵を借りて財政の立て直しを行っていました。

「論語」を政治にも経済にも生かした名人として徳川家康を例に挙げ、遺訓と論語、それにまつわる経済政策なども解説しています。

経営理念と、それを貫くことの大切さを述べています。

第3項 無理をするな、天に逆らうから天罰が下る

「人には天命がある」と論語に言う。事の成否を占うには「天の時がある」という。

身の程を過ぎたことをしたり、時機を間違えて行動したりすれば結果は思わしくない。結果が悪ければ悩み、身体を痛める、それが天罰だ。

♪ わかっちゃいるけどやめられねぇ・・・という歌の文句がありました。若い時ほど、無理をしたくなります。

失敗を繰り返しつつ学んでいきますが、どこまでが「頑張り」で、どこからが「無理」かはやってみないとわかりません。

やってみて、「ヤバイ!」と思った時に引く勇気、これが「無理をしない」ということでしょうね。

第4項 人を見るは視、観、察

佐藤一斎先生は「初見の時に相すれば、多くは違わじ」と言われ、その人と出会った時の第一印象、直感が正確な人物評価に近いとさえ言われた。それも正しい。

一方で論語では「子曰く、その以いるところを視、その由るところを観、その安んずるところを察すれば、人いずくんぞ隠さん」と言っている。

以いるところ・・・とは表に現れた言動、行動である。

由るところ・・・とは動機、目的などその人のやりたいこと、意向、やり方である。

安んずるところ・・・とはその人の根底に流れる思想、信念、人格である。

生涯をかけて付き合う人は、しっかりと視て、観て、察しなければならぬ。

佐藤一斎は渋沢栄一よりちょっと前の、幕府の学問所の長官です。

幕府末期の「東大の学長」といった位置づけですね。

小泉元総理が一斎の「言志録」を愛用したことで知られます。私にとっても管理職教育の、教科書・教材の一つでした。

人間は文字通り「人の間」です。誰と付き合い、誰を信じるか…が、人生を左右します。

これは現役であれ、隠居であれ人生を豊かに過ごす重大問題ですね。良い友を増やしたい。