八重の桜 48 立ちて隠しそ春霞

文聞亭笑一

物語もいよいよ終盤です。八重の人生はまだまだ続きますが、夫の襄には天国から迎えが来てしまいます。こればかりはいかんともしがたいことで、個人差がありますね。

秦の始皇帝を始め、古来、人間は永遠の長寿を求めてきましたが、世界一長寿の日本人女性でも80歳半ばともなればあの世に旅立ちます。医学がどれだけ発達しても、寿命には勝てません。医学的、科学的にどうなのかはわかりませんが、一時期ベストセラーで話題になった本、「ゾウの時間、ネズミの時間」によれば、「時間は体重の1/4乗に比例する」という公式があるようです。これを延長していくと「心拍数一定の法則」という仮説になります。要するに、犬も、猫も、人間も一生の間に20億回脈を打つという理屈です。

大型動物の人間は、ゆっくりと脈を打ちますから、何もなければ100年くらいは心臓が鼓動し、犬や猫のような中型動物は15年くらいで寿命が来るといいます。言い換えれば、ハラハラドキドキと心臓の鼓動が早い経験をすれば寿命が縮まり、のんびりと過ごせば寿命が延びるということですが、これって幸せでしょうかね。例えばボケ老人、決まって長生きします。世の中のことに無感動、無反応ですから脈拍が上がることはありません。十年一日のごとくです。それよりは…、長生きしなくとも「一生感動」が良いですねぇ。ただ、心配してもどうにもならないことに心を乱して、心臓の鼓動を早めるのは、寿命の無駄遣いです。高名な禅師が言う通り「心配はするな、心配りをせよ」でしょうね。

さて、今週のタイトルは、NHKが「グッバイ、また会おう」と、襄の最後の言葉ですから、私は八重が襄を埋葬した後に作った歌から引用しました

心あらば 立ちて隠しそ春霞 み墓の山の松の叢立(むらだ)ち

襄は京都東山、若王子の墓地に葬られましたが、東山を望む度に襄のことが思い出されて、襄の死を悼む心が辛くて、八重は春霞に想いを託したのでしょう。

八重は晩年にも良い句を詠んでいます。

いつしかに 八十路の春を迎えけり 射るがごとくに年月は経て

193、「実はな、八重殿。わしが熊本行きを決めたのは、新聞で、同志社大学設立の趣旨を読んだからだ。あれで、気持ちが奮い立った。今こそ学問の力がいる、隠居などしてはおられん!とな。国を作るのは人間。人間を作るのが教育だ」

秋月悌二郎が京都の八重を訪ねてきました。熊本の高等学校に赴任するためです。

秋月…覚馬や八重とは浅からぬ縁があります。京都時代には会津藩の外交官、対外責任者として、薩長はじめ諸藩との交流を行い、会津藩が世の流れから浮かないようにと奔走しました。覚馬も、その仕事を手伝い、人脈と見識を広げていきました。

更に、八重にとっては最初の夫、川崎尚之助との結婚では仲人をしてもらった仲です。会津藩が賊軍として戦った時も、破れて消滅した後も、悌二郎は政府、会津人の双方から冷たく扱われて、隠居同様の生活を送っていましたが、熊本に高等学校ができると知り、自分の持つ知識を後進に伝える気になりました。

この当時の熊本高等学校には、同僚として小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がいます。夏目漱石も後に同僚として教壇に立ちます。そうそうたるメンバですね。明治の日本文学の巨匠たちが揃いました。漱石の代表作の一つである「草枕」…「智に働けば角が立つ、情に掉させば流される、意地を通せば窮屈だ、兎角この世は住みにくい…」の舞台は熊本ですが、この当時の体験が名作を生んだのでしょう。ちなみに、この小説に出てくる女性の墓は埼玉・新座の平林寺にあります。川越藩の菩提寺で知恵伊豆といわれた松平信綱の墓などもあり、紅葉の名所です。今の時期、最高でしょうね。

国を作るのは人間。人間を作るのが教育だ …まさにその通り。

国を企業に置き換えて、東京電力もJR北海道も、一から出直さなくてはいけませんね。

194.「グッバイ……また……会いましょう」
襄は微笑みながら目を閉じた。1月23日午後。襄、永眠。
親交のあった人々に、襄の死の知らせが届けられた。
「彼らは世より取らんとす。我らは世に与えんと欲す。……新島さん、あんたはこの言葉の通り、日本にかけがえのないものをもたらしてくれた」
知らせを受けた勝は、怒ったような顔をして言った。

なんとも爽やかな別れの言葉ですね。私もこう言って逝きたいものです。

しかし修行が足りませんから難しいでしょう。70を過ぎたら、いつ迎えが来てもおかしくありませんから、ボチボチ修業を始めないといけませんね。男の平均余命は78歳ですし、健康寿命は73歳です。この数字…ゾッとしますね。<78-73=5>…5年間も「平均的 不健康寿命」があるのです。嫌ですねぇ。PPK(ピンピンコロリ)願望が強くなりますよ。

彼らは世より取らんとす。我らは世に与えんと欲す 彼と我がひっくり返っているようなのが現代の風潮ですが、「俺の物は俺の物、人の物も俺の物」というような強欲国家が、経済力を背景に理不尽な要求を繰り返します。宗教を禁止し、思想統一を図るような国は怖いですねぇ。キリスト教でも仏教でも、そして彼の国に発祥した儒教でも「利他」の精神こそ、社会の潤滑油、清廉な泉の水です。

ブラック企業などと呼ばれる企業が後を絶ちませんが、企業は「公器」です。世の中の役に立つものが残り、役に立たぬものは淘汰されます。「公器(こうき)」という言葉が、文字変換しても出てこないのですから、何をかいわんやでしょう。企業というのは「法人」です。つまり、法律によって「人」と認められた存在です。人ですから性格もありますし、人格もあります。人としての権利も義務もあります。「儲けたいが、税金は払いたくない」これが今の企業の主流派の考え方ですが、なんとも矮小な根性ですねぇ。

どこかの名門会社で 赤食えば 鐘が鳴るなり 名門に(ゴーン) などという風潮が出てから、金儲けの我利・我利主義が盛んになりました。

「企業とは何者か」よくよく考えていただきたいものです。

195、人間は死から逃れることはできない。生あるものはすべて、やがて命果てる日を迎える。襄は死の向こうにある、死を超えた世界で再び生きていると、八重は思う。それだからこそ、死の恐怖につながれることなく、襄はひたすら敬虔(けいけん)にこの世の生を全うできたのだ。

私は宗教家ではありません。むしろ宗教のまやかしを嫌います。ですから、キリスト教や仏教が言う、天獄と地獄、彼岸、あの世と言うものの存在を認めません。

人間は死んだらそれまでの物だと思っています。

が、死んでも、それまでに付き合ってきた人々の記憶に残ります。自らが残したものも残ります。とりわけ記録されたものは、保管をしてくれる人がいたら、永遠に残ります。更にその記録を掘り出して小説などに取り上げてくれたら、実態とは別の人格になって、生き返ります。善人にもなり、悪人にもなります。

会社を辞めるというのがそれですね。会社という社会の中でやってきたことは、本人の思いとは別に、後輩たちの記憶と記録に残ります。それが善か悪か……。後輩たちの判断次第です。そういう私にも先輩がいて、良い人、悪い人のレッテルを貼ります。世の中はそういうものではないでしょうか。それを輪廻という??

行蔵は我にあり、評判は人の勝手 (勝 海舟)

196、「赤十字の看護の神髄は、敵味方の区別なく、傷ついた者に手を差し伸べることにある。敵を憎まず、苦しむ者、傷ついた者、悲しむ者によりそい、慈しみの光で世を照らす。新島さんが作ろうとした世界だ」

襄を失って、心に空洞のできた八重を救うのは、またしても兄の覚馬でした。

八重に、新しい道を示唆します。赤十字活動です。

クリミヤ戦争におけるナイチンゲールの活躍は、ご存知の方が多いと思いますが、明治という時代は、戦争の時代です。国と国の戦争、それが頻発したのが19世紀です。近世と呼ばれる時代は、「グローバル戦国時代」といってもいいでしょう。

赤十字精神、……キリスト教が博愛精神を具現化した最高の傑作でしょう。しかし…、平和が続くと官僚主義に堕してきます。神戸大震災、東北大震災、フィリピン台風被害…いずれをとっても赤十字社の動きは鈍いですね。腹が立つほど鈍い。人命というのは時間との勝負です。「寄付金を平等に」とか、「援助が偏っては」とかいう問題ではありません。

ここにも「原点に帰れ!」と叱られる組織がありましたね。